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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)9365号 判決 1980年10月09日

原告 豊田茂

原告 豊田節子

右二名訴訟代理人弁護士 新井藤作

右訴訟復代理人弁護士 金子包典

第六六四三号事件被告 鍛冶田泉

第九三六五号事件被告 鍛冶田栄子

右両名訴訟代理人弁護士 菊池武

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告らに対し、被告鍛冶田栄子(以下「被告栄子」という。)は別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を収去して、被告鍛冶田泉(以下「被告泉」という。)は本件建物を退去して、それぞれ別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を明け渡し、かつ、被告両名は昭和五三年五月一九日から本件土地明渡済まで一か月金一万八九二八円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、本件土地の所有者(共有者)である。

2  被告栄子は、本件土地上に本件建物を所有して、本件土地を占有し、被告泉は、本件建物に居住して、本件土地を占有している。

3(一)  原告らの先代豊田淳一(以下「先代淳一」という。)は、その所有にかかる本件土地を、昭和三九年二月一四日、被告泉に対し、建物所有を目的とし、期間は二〇年とするとの約定で賃貸し、引き渡した。

(二) 原告らは、昭和四七年一一月一三日、相続により本件土地の所有権を取得し、被告泉に対する賃貸人の地位を承継した。

(三) 本件土地の賃貸借契約には、無断改築禁止の特約がある。

(四) 被告泉は、昭和五三年五月初めころ、原告らの承諾を得ないで、本件建物の二階の一部を取り壊し、二階部分に約二三平方メートルの部屋を増築した。

(五) 原告らは、右の無断増改築を理由として、昭和五三年五月一七日、被告泉に対し、内容証明郵便をもって本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右は、翌同月一八日、同被告に到達した。

4  昭和五三年五月一九日当時における本件土地の賃料相当額は一か月金一万八九二八円(三・三平方メートル当り金二八〇円の割合)である。

5  よって、原告らは、被告栄子に対し所有権に基づき本件建物を収去し、本件土地を明渡すことを、被告泉に対し賃貸借契約終了に基づき本件建物を退去し、本件土地を明渡すことを求め、かつ、被告らに対し、原告らと被告泉との間の本件土地の賃貸借契約が終了した日の翌日である昭和五三年五月一九日から本件土地の明渡済みに至るまで一か月金一万八九二八円の割合による賃料相当の損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。ただし、本件土地の面積は、二〇五・一五平方メートルである。

2  同3の事実のうち、(一)ないし(四)は否認し、(五)は認める。

3  同4の事実は否認する。適正賃料は、三・三平方メートル当り金二〇〇円の割合によるものである。

三  抗弁

1(一)  被告栄子は、本件土地について建物所有を目的とする賃借権を有する。

(二) すなわち、被告栄子の父訴外亡瓜生吟治郎(以下「亡吟治郎」という。)は、昭和四年ころ、先代淳一の妻の訴外亡豊田ウメ(以下「亡ウメ」という。)から、本件土地上に同人が未登記で所有していた木造二階建建物(以下「旧建物」という。)を買い受け、同時に本件土地を建物所有の目的で期間を定めることなく賃借した。

(三) 吟治郎は昭和三三年一二月七日死亡し、その子であって被告栄子の妹である訴外瓜生真知子(以下「訴外真知子」という。)が旧建物の所有権及び本件土地の賃借権を相続により取得した。

(四) 被告栄子は、昭和三四年五月二一日、旧建物の所有権を譲り受けるとともに、当時家督相続(昭和一五年)により本件土地の所有権を取得していた先代淳一の承諾を得て、本件土地の賃借権を譲り受けた。

(五) 被告泉は、被告栄子の夫であって、本件建物に夫婦として同居しているものである。

2  仮に、原告らと被告泉との間に本件土地の賃貸借契約が成立したとしても、本件増改築工事は、二階のベランダの部分に部屋を造ろうとするものであって、これにより原告に特段の不利益が及ぶものではなく、土地の賃貸借契約における基礎的な信頼関係を破壊するものではない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて否認する。

五  再抗弁

1  仮に被告栄子が本件土地の賃借人であるとしても、本件土地の賃貸借契約には無断増改築禁止の特約がある。

2  被告栄子は、原告らの承諾を得ないで、昭和五三年五月初めころ、本件建物の二階の一部を取り壊し、二階部分に約二三平方メートルの部屋を増築した(以下「本件工事」という。)。

3  原告らは、右の無断増改築を理由として、被告栄子に対し、昭和五三年五月一七日内容証明郵便をもって本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示は、翌同月一八日、同被告に到達した。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実については、被告栄子が本件工事に着手したことは認める。右の工事は中断している。

3  同3の事実は認める。

七  再々抗弁

仮に被告栄子に無断増改築禁止の特約違反の事実が認められるとしても、被告栄子は昭和四五年に事前の承諾を得ることなく旧建物を取り壊して本件建物を新築したが、先代淳一はなんらの咎めだてもせず新築を祝ってくれた経過があることから、被告栄子としては、本件増改築についても特に事前の承諾を得る必要はないものと考えていたこと、本件工事は二階のベランダの部分を改造して部屋を増築するものであり、これにより原告らに格別の不利益を与えるものではないこと、被告栄子は原告らの抗議を受けて直ちに工事を中止して今日に至っていること等の事情があることを考慮すれば、被告栄子の行為は原告らに対する信頼関係を破壊するものではなく、原告らのした契約解除の意思表示は、その効力を生じない。

八  再々抗弁に対する認否

再々抗弁事実は否認する。

被告らは、道路を隔てて目と鼻の先に住む原告らに無断で本件工事を強行し、原告らから建築禁止を求める仮処分の申請がなされてからようやく増改築の許可を求める借地非訟事件の申立をしたのであって、賃貸人に対する背信性が著しく、信頼関係は破壊されている。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1及び2の事実については、本件土地の面積の点を除いて当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、本件土地の面積は二〇五・一五平方メートルであることが認められ、右認定に反する甲第一号証の記載は正確性の担保に欠け、採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  請求原因3の(一)の事実に副う原告両名各本人尋問の結果は信用できず、甲第一号証をもって右の事実を認めることができないことは後記のとおりであり、他に右の請求原因事実を認めるに足りる証拠はないから、原告らの被告泉に対する賃貸借契約解除の主張は、その前提を欠き、失当である。

そこで、以下、抗弁につき判断する。

三  《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

被告栄子の父亡吟治郎は、遅くとも昭和一〇年ころまでの間に本件土地を亡ウメから賃借し、同地上の旧建物を買い受けてこれを所有していたが、本件土地については、亡ウメと入夫婚姻(昭和四年)した先代淳一が、昭和一五年に家督相続によりその所有権を取得して、賃貸人の地位を承継した。昭和三三年一二月七日に吟治郎が死亡すると、先代淳一の勧めもあって、亡吟治郎の六女で一人瓜生姓を名乗っていた被告栄子の妹である訴外真知子が旧建物の所有権及び本件土地の賃借権を相続したが、翌昭和三四年には右真知子も結婚して改姓することになったため、結局、被告泉と結婚していた亡吟治郎の長女である被告栄子が旧建物の所有権及び本件土地の賃借権を真知子から譲り受けることになり、これにつき先代淳一も承諾を与えた。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》また、甲第一号証の賃貸借契約書には、昭和三九年二月一四日に先代淳一が被告泉に対して本件土地を期間二〇年と定めて賃貸した旨記載されているけれども、本件賃貸借の経過からすれば、この時点で先代淳一と被告栄子との間の本件土地の賃貸借契約を終了すべき事情はないこと及び《証拠省略》によれば、右の契約書は従前書面化されていなかった本件土地の賃貸借契約についてその内容を明確にするために作成されたものであり、これによって賃借人を被告栄子から建物の所有権者でない被告泉に変更することを目的としたものではないと認められるから、右認定に反するものではない。その他右認定の事実を覆すに足りる証拠はない。

以上から、被告栄子は本件土地につき賃借権を有するものということができる。

そこで、以下再抗弁事実について判断する。

四  《証拠省略》によれば再抗弁1の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》再抗弁2の事実のうち、被告栄子が本件工事に着手したこと及び再抗弁3の事実については当事者間に争いがない。

ところで、《証拠省略》を総合すれば、本件建物は昭和四五年四月に新築された木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建住居で、床面積は現況一階約八一平方メートル、二階約三八平方メートルであったところ、被告栄子は、昭和五三年五月、二階のバルコニーの部分(床面積約一七平方メートル)を改造して木造二室合計約二三平方メートルを増築しようとする本件工事につき長女大谷真理の名義で建築確認を得(後に建築主を被告栄子とする旨変更届出済)、間もなく工事に着工したこと、本件工事によって本件建物の土台、主柱等に改造、変更等はなく、建物全体の残存耐用年数が特に延長されることはないこと、また本件工事は周囲の土地に対し日照等一切の影響を与えるものではないこと、なお本件工事は建築禁止を求める原告らの仮処分申請により中断していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件工事は、その規模、構造、敷地面積との関係及び近隣の土地に対する影響のないこと等からして、建物所有を目的とする土地の賃貸借における土地の通常の利用上相当の範囲のものであり、賃貸人たる原告らに著しい影響を及ぼさないものであることが明らかであるから、被告栄子が本件工事につき近隣に住む原告らの事前の承諾を得ようとしなかった点は遺憾であるが、その一事をもってしては、いまだ賃貸借契約における信頼関係を破壊するものとは認められないというべきである。

従って、原告らの被告栄子に対する無断増改築禁止の特約違反を理由とする解除権の行使は許されず、原告らのした本件賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じないものというべきである。

五  よって、その余の事実につき判断するまでもなく、原告らの被告らに対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 久保内卓亞)

<以下省略>

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